デス・オーバチュア
第12話「剣と拳」




『この世界が私達を受け入れないのならば、私達がこの世界を手に入れればいい』
単純だ。
恐ろしく単純な考え。
そして、幼稚な考えかもしれない。
だが、私はその考えに乗ってみることにした。
理由は自分でも明確に解っていない。
自棄になっていたのか、それそれで面白そうと思ったのか、それとも『彼』に興味があったからか……。
もしかしたら、ただ単に目的が、目標が、理由が欲しかったからもしれない。
生きる続ける理由が……それすら私は見失っていたのだから……。



「私は嫌いじゃないものがこの世にたった二つしかない……」
だが、その二つすら、自分の物になることは未来永劫ないのだ。
剣を抱えるようにして座り込んでいたネツァクは自嘲的な笑みを浮かべると立ち上がる。
「それなのにそのうちの一つを自分自身の手で打ち砕け……とでもいうのか、運命は?」
ネツァクはゆっくりと剣を抜くと、鞘を投げ捨てた。
ネツァクは通路から姿を現した人物に向けて剣をかざす。
「……久し振りだな、クロス」
「……どうして、あなたがここに居るの?……紫苑……」
ネツァクは姿を現した銀髪の少女クロスに、優しさ、愛しさ、苦笑、自嘲、自虐、あらゆる感情が入り混じった複雑な笑みを見せた。



「……そう不思議なことではないはずだ」
ネツァクは穏やかとも言える表情でゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……なぜなら、クロス。私がお前以外の全ての『人間』を嫌っていたのを……お前はよく知っていたはずだ」
「……紫苑」
クロスは哀しげな瞳でかっての親友を見つめていた。
「そうその瞳だ……お前は私を哀れんでいるのではなく、私に対して存在する迫害や偏見という行為自体を哀しんでいる……だから、私はお前が好きだ」
「紫苑……」
「お前とエランだけだったな……私の髪と瞳の色をまったく気にしなかったのは……」
「当たり前じゃない! 紫だったら何が悪いって言うのよ! あたしはネツァクの紫の瞳好きだよ、それにとても綺麗だと思う」
「ありがとう、クロス……」
ネツァクの表情が安らぐ。
だが、ネツァクはすぐに表情を引き締めた。
「エランは聡明ゆえに、お前は純粋ゆえにくだらぬ偏見を持たない……だが、他の人間はそうではない……違うか、クロス?」
「……それは……」
そんなことはない。
と即答できるほど、クロスは世間知らずではなかった。
世の中にはくだらない人間は多い。
いや、むしろ、何の偏見も持たない立派な人間など滅多に居ないというべきか。
学園でネツァクに何の偏見を持たなかった人間がクロスとエランしかいなかった……という事実がその何よりの根拠になっていた。
「……でも、ファントムは……ファントムのやっていることは……」
「そう、街を滅ぼす、人を殺す……その行為自体に善悪を付けるなら間違いなく悪だ。ゆえに、悪である私を倒していいのだぞ、クロス」
「紫苑っ!」
「お前は正義の味方になったのだろう……ならば悪である私を倒さなければならない」
ネツァクの剣の紫水晶が紫光の輝きを放つ。
「紫苑っ!?」
「私はお前が大好きだ……それは今でも一欠片もかわらない……だが、今の私はファントム十大天使の一人ネツァク・ハニエルだっ!」
紫光の刃がクロスに向けて解き放たれた。



『始まりましたね……』
「ええ、そうですね」
コクマは姿なき声に同意する。
コクマとルーファスが戦った場所、タナトスとビナー達が戦った場所、そしてクロスが今ネツァクと戦っている場所、その三カ所はそれぞれ進むと一つの場所に繋がっていた。
コクマが今立っている場所がそこである。
コクマはそこに居ながら、クロスとネツァクの戦いの全てを知ることができた。
それだけではなく、つい先程までは、タナトスとビナー達の戦いも同時に全て知ることができていたのである。
『ところで、観戦していて本当に宜しいのでしょうか? 今のうちに目的を果たされた方が理に適っているかと愚考致しますが……』
正確に言うなら全てを見透かしているのはコクマではなく『彼女』だった。
「フッ、理というのなら、そもそもわざわざ待ち構えて戦うことに何の理も必要性も存在しないんですよ」
『それは確かにそうですが……』
「所詮はただの茶番ですよ。任務遂行だけを目的とするのなら、他にいくらでも方法があったのですからね」
『…………』
姿なき存在は僅かに不満げな意志を伝えながらも沈黙する。
「あなたには理解できないかもしれませんが、理よりも娯楽を優先することもあるのですよ、人間という生き物はね。さて、私を楽しませてくれる戦いを期待しますよ、お二人とも」
コクマは口元に楽しげな笑みを浮かべていた。



「緑霊朔風斬(りょくれいさくふうざん)!」
緑色の風の刃が紫光の刃と激突する。
「甘い」
緑色の風の刃は砕け散ったが、紫光の刃は勢いこそ弱っていたが健在で、そのままクロスに向かっていった。
「くっ、青霊氷盾(せいれいひじゅん)!」
クロスの突き出した両手の先に冷気が集まり、瞬時に氷の盾が形成される。
紫光の刃は氷の盾に正面から激突した。
紫光の刃と氷の盾が互いに四散する。
「今のは挨拶代わり」
ネツァクはゆっくりとクロスに近づいてきた。
「紫苑……」
「魔術師の決定的な欠点は肉体の脆弱さ、そして呪文詠唱の間だ……」
ネツァクはゆっくりと剣を振りかぶる。
「この間合いなら、もう詠唱省略の呪文を一つ唱えられるかどうか……そして詠唱省略の呪文では私の刃は受けきれないのはすでに実証済みだ……」
「そうね……」
七霊魔術でいう詠唱とは、呪文の名前を唱える前の口上のことだ。
例えば赤霊灰燼殺の場合、正式な唱え方は『灼き尽くせ、全てを灰燼にきすまで! 赤霊灰燼殺!』であるのだが、前口上を省いて『赤霊灰燼殺!』と呪文の名前を唱えるだけでも魔術は発動する。
ただし名前だけで放った場合、魔術の威力は半減されてしまうのだ。
「……そう魔術師なんて所詮そんなものなのよね。パーティ? 魔法で仲間の補助や援護?自分一人で戦えない力に何の意味や価値があるの?」
最大の問題は、前口上を省略した名を唱えるだけの呪文ですら、まだ『遅い』ということである。
達人クラスの剣士になら呪文唱えるきる前に斬り殺すぐらい容易いことだ。
そこを駆け引きで、どうにかするのが魔術師vs剣士の最大のポイントかもしれないが……。
「だから、他の頭でっかちな魔術師達と違って、お前は体を鍛えることを怠らなかったな」
「ええ、あなたが剣術を磨いたように、あたしは格闘技を磨いたわ。ゆえに、あたし達は学園では異端というか変わり者に見られていたし、そんな時間があるならその時間も魔術の研究に費やすべきだなんて余計な忠告してくる先生も居たわね」
見つめ合っていたクロスとネツァクは同時に微笑した。
学園での共通の想い出……全てが懐かしく感じる。
「……美しく研ぎ澄まされし、無慈悲なる氷の刃よ、青霊氷剣(せいれいひょうけん)」
クロスの右手に冷気が集まり、美しく透き通った鋭利な氷の剣が形成された。
「……さて、ではいくぞ」
「ええ、口で戦いを、ファントムを辞めてなんていくら言ったって駄目なんでしょ?」
「そうだ……流石に私のことがよく解っている」
「だって、紫苑はあたしのわがままはよく聞いてくれたし、つき合ってもくれたけど、自分で一度決めたことはあたしがいくら頼んでもやめてくれたことなかったもんね……」
「私はお前が好きだ。だが、それと自分の意志を貫くのは別の話だ」
「そういう自分の意志をしっかり持っているところ……好きよ、紫苑」
クロスは優しく愛しげな眼差しをネツァクに向ける。
「ありがとう……では……」
「ええ……」
紫水晶の刃を紫光が包み込み新しい幅広の刃を形成した。
「一太刀、それで全てを決めさせてもらう」
クロスは右手に持った氷の剣を構える。
「はっ!」
ネツァクは掛け声と同時に紫光でできた刃を迷わず振り下ろした。



『一瞬でしたね……』
「ええ、一撃というべきですかね」
コクマは苦笑を浮かべる。
考えてみれば、おかしな二人だった。
敵と味方に分かれた親友同士。
普通ならお互いに戦えないと戦いを放棄するか、どちらか一方が君とは戦えないと主張し一方的にやられたりするものではないか?
それなのにあの二人は迷わず戦った。
お互いに相手のことを誰よりも解っているからこそ、言葉による説得など不可能だと互いに決めつけてである。
「まあ、あまり面白い展開にもなりませんでしたけどね。予想は裏切ってくれましたよ、いろいろな意味でね……」
『…………』
「行きますよ、さっさとつまらない任務を片づけてしまうことにしましょう」
コクマは姿なき存在にそう告げると、踵を返し、洞窟のさらなる奥へと消えていった。



ネツァクが斜めに剣を振り下ろすと、氷の剣はあっさりと砕け散った。
だが、そこにクロスの姿は無い。
氷の剣を跡形もなく粉砕した剣はそのまま何もない空間を切り裂いて止まった。
「くっ!?」
ネツァクが気配を感知し、剣を切り返すよりも速く、銀色に輝く拳が紫光でできた刀身に激突する。
「滅殺! シルバーナックルッ!」
「くぅっ!?」
紫光の刀身は先程の氷の剣と同じように跡形もなく砕け散った。


紫水晶の破片が、桜の花びらか何かのように美しく舞い散っていく。
その光景をネツァクは呆然と見送っていた。
「…………」
なんて呆気ない。
なんて呆気なく自分は敗れたのだろう……。
「紫苑……」
クロスが何か言いたげな表情でネツァクを見つめていた。
「……ああ、解っている、私の負けだ」
ネツァクがそう言うと、クロスは安堵したように息を吐く。
ネツァクは苦笑を浮かべた。
剣を失ってもまだ戦うすべはいくらでもある。
クロス程ではないがネツァクにも体術や魔術の心得はあるし、『瞳』という切り札もあった。
戦いを続けた場合、まだ勝者がどちらになるかも解らない。
だが、あまりにもあっさりと、あまりにも美しく、あまりにも完璧に紫水晶の剣を打ち砕かれてしまった瞬間、ネツァクの戦意もまた跡形もなく消失してしまっていた。
「……お前と別れてから完成させたこの『紫光剣』……」
紫光剣。
紫水晶で作られたこの特殊な剣の名にして、この剣を行使する剣術の名。
「今日まで無敗で、かなり自信もあったのだがな……」
ネツァクは、柄だけになった剣をしばらく名残惜しそうに見つめていたが、苦笑を浮かべると、鞘の転がっている床に向かって投げ捨てた。
「やっぱり考えることは同じよね。あたしは『拳』、あなたは『剣』という違いこそあったけど……座らない?」
「ああ……」
クロスがネツァクの横にちょこんと座り込むと、ネツァクもそれに従って腰を下ろす。
「あたしは魔術学園を卒業する頃には七霊魔術だけでなく、古代魔術も殆ど極めつつあった……だけど、古代魔術こそ七霊魔術とは比べ物にならない馬鹿長い詠唱を必要としていたのよ……」
「七霊魔術の詠唱は一呼吸分ぐらいの長さしかないからな……それ比べて古代魔術は下手をすれば分単位で詠唱を続けなければならないものも多い……」
「そう、人の身で、魔族や神族のように街や大陸を一撃で吹き飛ばすような破壊力を行使できる代わりに、いちいち馬鹿長い詠唱を必要とする……七霊魔術以上に実戦向きじゃないのよ」
「それでも、お前は魔物達の攻撃をかわし続けながら、唱えていたりしていたがな」
ネツァクはいつのまにか笑っていた。
学園を、クロスの元を去ってからは誰にも見せていなかった素直で自然な笑み。
「まあ、あの程度の雑魚な魔物が相手ならできるけどさ。あなたみたいにあたし以上の身体能力を持つ者が相手じゃ呑気に詠唱なんてしていられないじゃない」
クロスもまた素直な笑顔を浮かべた。
「……魔術師ゆえの最大の欠点、身体能力の低さと呪文の間、それ補うために私とお前は剣術や体術を学んだが、それでも剣術だけを体術だけを学んだ者には劣る……」
「そこで発想の転換が必要になるのよね」
ネツァクとクロスは離れて時を過ごしながら、まったく同じ結論に達する。
「魔術の隙を剣術で補うのではなく、剣術を魔術で強化する……」
「そうすることで、魔術だけを極めた者も、剣術だけを極めた者も凌駕する力を得ることことができる。まあ、あたしの場合は剣じゃなくて拳だったけどね」
クロスはパァアンと右拳と左掌を打ち合わせた。
「……さて、いくらでも話したいことはあるが……お前は先に進まなければならないはずだ。私はもう邪魔をしないから、先へ進むといい」
そう言うとネツァクは立ち上がる。
「あ、うん……でも、それで紫苑は平気なの?」
クロスは立ち上がると、心配げな表情でネツァクを見た。
「敵の心配をするな。それに、ちゃんとお前と戦って負けたのだから、わざと見逃したわけではない」
ネツァクはどこか悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ファントムの一員としての義理と義務は充分すぎるほど果たしている。それに、結構いいかげんな組織だからな、例えお前をわざと見逃しても……まあ、大丈夫だろう」
「……そんないいかげんなの、ファントムって?」
「十大天使……最高幹部からしてふざけた奴ら、変わり者の集まりだからな、規律など無きに等しい」
「……それでよく組織が維持できるわね……」
クロスは呆れ果てたような表情を浮かべる。
「お前が心配することでもあるまい。まあ、それでも共通の志、力による単純な上下は存在している……それで充分なのだ、ファントムは……ではな、クロス、また会おう。次は本気で殺し合うことになるかもしれないが……それまで間違っても他の十大天使などに殺されるなよ」
ネツァクは軽く手を振り別れの挨拶をすると、歩き出した。
「やっぱり帰るんだ……いっそのことこのままファントム裏切っちゃわない?」
クロスはどこまで本気なのか解らない笑みを浮かべて言う。
「魅力的な提案だな、いっそのことお前の方がこっちに来ないか?」
ネツァクは、クロスと同じような笑みを浮かべて問い返した。
「駄目、あたしは正義の味方だし……それに姉様がこっちに居るから」
「そうか、そうだな……私も似たような理由だ。ファントムにも一人だけ嫌いになれない人間が居てな……」
「えっ? それってもしかして男の人?」
「当たっているが、お前が思っているような色っぽいものじゃない」
ネツァクは苦笑を浮かべる。
「でも、性別はともかく、あたしに負けないぐらい大切な人なんでしょ? あたしの誘いを断るんだから」
クロスは悪戯っぽい笑顔で、からかうかのように言った。
「クロス……」
ネツァクは困ったような表情を浮かべる。
「だったらあたしは嬉しいよ。紫苑に、あたし達以外にも大切に想える人ができたことが……あたしは嬉しいの」
クロスとはとても優しげな笑みを浮かべていた。
「クロス……まったくお前という奴は…………もう行く、これ以上お前と話していると、本当に帰りたくなくなってしまう、ファントムを裏切ってしまいそうだからな」
ネツァクは苦笑と愛しさが入り混じったような笑みをクロスに向けた後、再び歩き出す。
「……そうだ」
ネツァクは突然足を止めると、クロスの方を振り返った。
「お前の性格を考えると無駄な気もするが……一応忠告しておく。コクマにだけは気をつけろ、あれは質が悪すぎる……それに奴は……」
「ストップ!」
クロスはネツァクの言葉を途中で止める。
「……クロス?」
「敵の情報はいらないわ。実際に戦う時の楽しみが半減するもの」
「……そうか、相変わらずの馬鹿だな」
「むっ、馬鹿って何よ?」
「誉めているつもりなんだが? まあ、忠告は無駄なようだが……ファントムを甘く見るのだけはやめておけ。ファントム、特に十大天使は私のような『ただの人間』の方が珍しい……」
「それって……」
「言葉通りだ。良かったな、クロス、学生時代の夢が叶うぞ……じゃあ、また会おう」
ネツァクの姿は通路の向こうに消えていった。
「ええ、また会いましょう、紫苑」
クロスはネツァクの消えていった通路の向こうに手を振る。
「古代魔法を試せる相手がいるってわけか……それは楽しみね」
クロスは拳と掌を打ち合わせて気合いを入れると、先へと繋がる通路を駆けていった。




































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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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